「うちの水道事業は、内部留保資金をいくら持っておくべきなのか」。経営戦略の改定や料金改定の検討で、こう聞かれて返答に詰まった担当者は多いと思います。結論から言うと、全国共通の「正しい額」はありません。ただし、額の決め方には型があり、他の団体がどう決めているかは公表資料から確認できます。
この記事では、総務省の「地方公営企業年鑑」と「経営戦略策定・改定ガイドライン」で内部留保資金の位置づけを確認し、防府市の決算と、川越市の経営戦略(案)に書かれた目標額の考え方を見ます。貸借対照表の読み方は貸借対照表の記事で扱っているので、ここでは「資金をいくら持つか」に絞ります。
内部留保資金とは何か――法令にはない用語
内部留保資金は、地方公営企業法、同施行令、同施行規則の条文には出てこない用語です(令和8年10月時点の条文で確認)。総務省の資料や、各団体の決算書・経営戦略で使われている実務上の言葉です。
防府市の決算概況は、資本的収支の不足額を補てんする財源を「減価償却費を主とする内部留保資金」と説明しています。川越市の経営戦略(案)は、内部留保資金を損益勘定留保資金、積立金等、企業の内部に留保される資金と定義しています。つまり、団体によって範囲の書き方が少し違います。
その中心にある損益勘定留保資金は、減価償却費のように現金の支出を伴わない費用が、料金収入の中に残してある分です。仕組みは減価償却費と長期前受金戻入の記事で整理しています。
使い道の中心は、資本的収支の不足額の補てん
水道事業の資本的収支は、通常、収入(企業債や補助金)が支出(建設改良費や企業債の償還)に足りません。その不足額を埋めるのが、補てん財源です。総務省の「地方公営企業年鑑」は、補塡財源を次のように定義しています(地方公営企業年鑑 第72集)。
「補塡財源」とは、「資本的収入額が資本的支出額に不足する額」を補塡するために充てた過年度及び当年度分損益勘定留保資金、繰越利益剰余金処分額、当年度利益剰余金処分額、繰越工事資金等の合計額である。
総務省「地方公営企業年鑑」第72集 利用上の注意
実例は防府市です。「水道事業の決算概況(令和6年度決算)」によると、資本的収入5億3,156万円に対して支出は15億7,904万円で、不足額10億4,748万円を損益勘定留保資金などの内部留保資金で補てんしています(防府市 決算概況)。支出のうち建設改良費は9億2,438万円、企業債償還金は6億1,747万円でした。
この年の不足額だけでも約10億円です。内部留保が毎年これだけ取り崩されるとすれば、収益的収支で同じだけ資金を生み出せないかぎり、手元の資金は減っていきます。仕組みの全体像は収益的収支と資本的収支の記事に書きました。
利益を積み立てるときのルール
当年度の利益を内部に残す方法は、法令に決まりがあります。法第32条は、毎事業年度生じた利益の処分を、前年度までの欠損金の補てんを除き、条例の定めるところにより、又は議会の議決を経て行うと定めています。
特定の目的のために利益を積み立てる場合、施行令第24条は、使途を示す名称を付けた科目に積み立てることを求めています。積み立てた金額を目的以外の使途に使うときは、議会の議決が必要です。
- 利益の処分(積立てなど):条例の定め、または議会の議決(法第32条第2項)
- 特定目的の積立金:使途を示す名称の科目に積み立てる(施行令第24条第1項)
- 積立金の目的外使用:議会の議決(施行令第24条第2項)
一方、損益勘定留保資金は、利益の処分とは別に、減価償却費などの形で現金が残っているものです。積立金のように議決で縛られた資金ばかりではないため、資金の性格を分けて把握しておくと説明しやすくなります。
全国の水道事業の手元資金はどのくらいか
内部留保資金の額そのものは全国統計にまとまっていませんが、貸借対照表の「現金及び預金」と、流動負債に対する割合の「現金比率」は、地方公営企業年鑑で追えます。法適用の水道事業全体の数字は次のとおりです。
| 年度 | 現金及び預金(兆円) | 流動負債(兆円) | 現金比率 |
|---|---|---|---|
| 令和2年度 | 3.06 | 1.36 | 225.8% |
| 令和3年度 | 3.12 | 1.36 | 229.0% |
| 令和4年度 | 3.08 | 1.39 | 221.7% |
| 令和5年度 | 3.09 | 1.46 | 211.6% |
| 令和6年度 | 3.09 | 1.48 | 208.5% |
現金預金は5年間ほぼ横ばいの約3兆円ですが、流動負債が増えているため、現金比率は225.8%から208.5%に下がっています。ただし、現金預金の全額が自由に使える内部留保資金ではありません(未払金の支払いなど、すでに行き先が決まっている資金も含まれます)。この表は、全国の動きをつかむための目安として使ってください。
また、全国の末端給水事業の料金回収率の中央値は2024年度で98.2%でした(国の公開データを水道ラボで集計)。料金収入で費用を賄いきれない団体が半数を超えており、内部留保で穴埋めしている構図が背景にあります。自団体の位置は事業体カルテで確認できます。
川越市の例:目標額を「30億円以上」とした考え方
目標額の決め方がわかりやすく書かれているのが、川越市上下水道局の「経営戦略(令和7年度版)第5章(案)」(令和6年11月)の水道事業の部分です(川越市 経営戦略)。令和5年度の内部留保資金は33.4億円で、計画期間の目標は「30億円以上」に設定されています。
その根拠として、資料は次の2つの実績を挙げています。
| 項目 | 資料の記載 |
|---|---|
| 資本的収支の不足額の補てん | 多い年度で27億円程度 |
| 経営における運転資金 | 多い月で20億円程度の支出 |
| 設定した水準 | 今後の投資規模の拡大や物価上昇等を考慮し、30億円程度は必要。確保すべき水準を30億円以上に設定 |
資料は2つの数字を足した額ではなく、「多い年度」の補てん額と「多い月」の運転資金の両方を見たうえで、投資や物価の見通しを加味して30億円としています。また、上限については「類似団体との比較等を通じて継続的に検討する」とされ、確定した値ではありません。
この資料は、現行の料金水準では過去6年間、料金回収率が100%を下回り、内部留保資金が確保すべき水準を下回る見込みだとも述べています。そのうえで、令和9年10月に45%、令和14年10月に15%の料金改定を設定する案になっています。なお、この資料は案の段階のものです。最新の内容は川越市の公表資料で確認してください。
自団体の水準を決めるときの進め方
総務省のガイドラインは、財源試算の前提となる現状把握で、企業債の残高や償還額と並んで、自己資金(主として損益勘定留保資金(内部留保資金))の状況を、近年の推移を含めて分析することが望ましいとしています(経営戦略策定・改定ガイドライン)。収支ギャップが生じたときの見直し項目としても、「内部留保額の見直し」が料金の見直しとともに挙がっています。
川越市の例を参考にすると、次の順で考えると整理しやすくなります。
- 過去5〜10年の内部留保資金の残高と、補てん財源の使用額を並べる(決算書、決算統計の補塡財源)
- 資本的収支の不足額が最も大きい年度の額と、月ごとの資金の動きで最も支出が多い月の額を出す
- 今後の投資計画で、不足額がどの程度膨らむかを見積もる。物価や金利の上昇の影響も試算に入れる
- 積立金など議決で使途が決まっている資金と、自由に使える資金を分けて把握する
- 水準を決めたら、投資・財政計画の中で毎年の残高がその水準を下回らないかを確認する。下回るなら、料金や投資を先に見直す
投資・財政計画の作り方は経営戦略の改定ポイントの記事にまとめています。内部留保の水準は、一度決めて終わりではなく、投資計画や物価の見通しが変わるたびに見直す数字です。
